ぼくらの研究

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post-truth

   

WIREDが今日こんな記事をアップしていた。

LINKS「ニーズ」に死を:トランプ・マケドニア・DeNAと2017年のメディアについて

ここで言われているpost-truthの意味については以下。

この一語の『truth』は「真実」、『post』は「〜以降、〜後」を指しますが、日本語訳がとても難しいものです。オックスフォード辞書によると「客観的な事実が重視されず、感情的な訴えが政治的に影響を与える状況」とのこと。

引用元:http://www.ei-navi.jp/news/983/

つまり、これまでメディアやジャーナリズムの大前提だと言われてきたtruth(真実)やfact(事実)のポストに入るもの、とって代わるものを指している。

 

 

 

言ってしまえば、相対主義の隆盛、みたいな話である。

たしかに「自分たちが良いと思えればいい。それでなんの問題がある。」という主張に歯切れのよい反論はできない。

しかし問題は本当にそう思い込めるのか、そこまで盲目になれるのかということである。

自分の思い一つだけでどこまでも塗り替えていけるほど客観性というこの世界の色は薄くない。

 

 

今読んでいるニュースが根も葉もないことだと分かった時にそれを今まで通り受け取れるだろうか。

目の前にある毒キノコのように見えるものも大丈夫だと思って食べれば、もしくは気づかなければ、本当に体調に何の変化もないのだろうか。

世界はそれを問い続けるはずだ。